音楽演奏時の脳波解析

西田研究室  寺嶋 知織

1. はじめに

本研究は,これまで閉眼状態における音楽傾聴時が中心であった脳波計測を音楽演奏時に拡張するための基礎検討を中心としている.音楽演奏時には開眼による瞬目ノイズやα波ブロッキング,筋電位の混入といった現象のために,著しく脳波の特徴を計測しにくくなる.しかし,脳活動を計測するための適当な精神負荷を与えるためには開眼状態は必須であることから,フィルタとFFTを用いて脳波の特徴を計測が行われてきた.内田クレペリン検査における脳波計測はその代表であり,性格検査や適性検査に応用されているのみならず,精神医学の世界では精神集中時における脳活動を観察するための代表的な手法となっている.しかし,音楽演奏時に関して言えば一般脳波を扱った信頼に足る実験は少なく,わずかにFmθに関連した研究が散見されるのみである.

そこで,本研究では音楽演奏時における脳波解析に焦点をあて,その特徴を抽出する手法の開発と特徴の発見を目的としている.こうした研究の応用例として,将来的には一般的な生理指標を用いた合奏システムを構築し,エージェントによる合奏システムにフィードバック可能な生理指標要素を同定することなども視野に納めている.

2.脳波

本研究の解析対象である脳波は脳の電気現象を頭皮上の電極から誘導・記録された±50μV程度の電圧変化であり,脳の自発的活動電位の総和である.また,脳意識の水準や精神活動をよく反映しており,人間の意思・思考・情緒の中枢である脳の活動を時間的推移に沿って客観的に記録表示できる指標の一つである.

3.生体信号計測システム

各種生体信号は日本光電社製のWEB-5000マルチテレメータシステムにより無線計測され, これをサンプリング周波数128Hzで信号処理システムにとりこんで解析する.



図1.信号処理の流れ

本システムの信号処理は図1のような手順で行われている. 計測された各チャネルのデータに対し,自己相関関数を用いてセグメンテーションを行い,その各部分に対してAR法で周波数スペクトルを求める.さらにこれを用いて,各周波数帯域に対してトポグラフィック・マッピングでの脳の活動領域の可視化も行う.

4.脳波計測実験

健常な音楽経験のある被験者男性1名(23歳),女性3名(22歳)を選び,以下の条件で被験者の脳波を国際10-20法の電極配置における, Fp1,Fp2,T3,T4,Pzに電極を配置しサンプリング周波数128Hzで脳波データを採取した.実験条件は,以下の6種類(1名のみ7種類)である. ただし,各実験の間に休憩をとって行った.

1 : 安静閉眼・無作業, 3分間
2 : 安静開眼・無作業, 3分間
3 : 内田クレペリン検査時, 1分間
4-1 : 音楽演奏時(ピアノ)・右手のみ, 3分間
4-1 : 音楽演奏時(ピアノ)・両手, 3分間
4-3 : 音楽演奏時(フルート), 3分間(1名のみ)
5 : 非音楽演奏時, 3分間


図2は実験より得られた結果の一例である.これは,AR法により得られたスペクトルピークの周波数の出現頻度を表したものである.



図2.実験結果の一例

この実験より,従来からいわれていたように安静閉眼時ではスペクトルピークがα波領域にあり後頭部が活発になり,安静開眼時ではαブロッキングがおき,前頭部が活発になることが確認できた.また,内田クレペリン検査時には安静開眼時に比べて優位なα波のピークが消失し,その前後の領域へピークが移動していると考えられる.また全体的には目立ったピークは見られないという特徴があり,これらは従来からいわれているクレペリン検査時の知見にほぼあっていると言える.一方,音楽演奏時には,安静開眼時に比べるとクレペリン検査時と同様に優位なα波のピークが消失し,α波の絶対優位が薄れており,β波とθ波領域の活動が活発化している.また,特にθ波領域の活発な活動が見られる.



図3.トポグラフィック・マッピングでの可視化結果の一例

図3はトポグラフィック・マッピングでの可視化の例である.これは,片手演奏時のθ波領域のものである.このトポグラフィック・マッピングの結果より,θ波の帯域では安静開眼時のものと比較すると前頭部の活動が活発であると思われる.

5.まとめ

今回の実験により,音楽演奏時のスペクトルピークの周波数の値が低い帯域に現れるということが分かった.しかし,今回は瞬目等のノイズはセグメンテーションで試行しているが,完全に瞬目等のアーチファクトの影響を除去できているとは断定できないので,今後はこれらの除去も含め今回構築したシステムを改善していきたい.また,生理指標として脳波だけを計測したが,今後は心電図・呼吸・皮膚電気活動等の計測も行っていきたい.