複数のロボットによる環境を介した効率的な知識の共有
新井研究室 梅谷 智弘
1. はじめに
近い将来,家庭やオフィスなどの人が活動する環境で,複数の自律ロボットが人に様々なサービスを行うことが期待されている.ロボットを導入するときの問題点は,ロボットにどうやって知識を蓄えさせるかである.すべてのロボットに同じ知識を蓄えさせるのは,ロボット全体をひとつのシステムと考えるとき,冗長である.また,知識をホストコンピュータで集中管理すると,ロボットとの通信量が増大する問題がある.そこで本稿では,知識を環境に埋め込むことで,複数のロボットがそれを共有する手法を提案する.その際,環境に蓄えられる知識の量には限りがあるため,仕事に有用な知識を残すことで,複数のロボットが知識を効率よく利用する手法を述べる.
2. 環境への知識の埋め込み
人が活動する環境では,環境の知識は膨大になる.このため,ロボット自身でセンシングすることで知識を獲得することが望まれる.あるロボットがセンシングによって得た知識を環境に添付された記憶媒体に記憶すれば,後からそこに来たロボットは,仕事に必要な知識を記憶媒体から取り出して利用できる.このようにして,環境を介して複数のロボットが知識を共有することができる.
3. 知識の有用さの評価
知識を環境に埋め込むことの欠点の一つに,蓄えられる知識の量が有限であることがあげられる.そこで,記憶する知識の有用さを評価する.ロボットが仕事をするときには,コストがかかる.ここで,ロボットが知識kを利用しなかった場合に必要となるコストをEk,知識kを利用した場合のコストをCkとおく.このとき,ロボットは知識kを利用することで(Ek−Ck)コストを削減できる.(Ek―Ck)は多くの場合,知識を得るためのセンシングコストに相当する.この値が大きい知識kは蓄える価値が大きい.一方,知識kを利用する頻度fkを考え,これがほかに比べて大きければ有用となる.
以上の2つから,
で環境に埋め込まれる知識kの有用さを評価する.
この値が大きな知識を蓄え,小さな知識を捨てる.その結果,記憶媒体中の知識が仕事に応じて時々刻々と置き換えられていく.
4. シミュレーション
有用な知識を選択して環境に埋め込むことで効率よくロボットが仕事を達成できることを示すために,移動ロボットのナビゲーションを例にしたシミュレーションを行う.今回使用した環境を図1(a)に示す.図中のA〜Hは目的地で記憶媒体を置く.ロボットは環境の地図を持たない.知識とは,「目的地に到達するための最適な移動方向」である.1つの記憶媒体にはいくつかの知識が記憶されている.ロボットには,次々と目的地が与えられ,A〜Hに到達するたびに記憶されている知識を調べる.目的地への知識が記憶されていればその方向に移動し,なければその場でランダムに進路を決定して,目的地に荷物を運ぶ.同時に,評価式で有用と判断された知識を記憶媒体に残し,不要な知識は捨てる.
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(a)環境のモデル |
(b)シミュレーション結果 |
図1 シミュレーション結果 |
シミュレーション結果を図1(b)に示す.あらかじめ環境にランダムに埋め込まれていた知識を書き換えずに利用する場合と,仕事をするために有用な知識に動的に置き換えていく場合とで比較する.仕事は,目的地A,Eの割合を多くした.縦軸は,与えられた仕事に必要とする1つの仕事あたりの平均移動距離である.横軸は,1か所の記憶媒体に書きこめる目的地の知識の数である.仕事に必要な知識を残すことで,記憶できる知識の容量が小さくても,仕事を行う効率がよくなっていることがわかる.
5. まとめ
本研究では,知識を環境に埋め込むことで,複数のロボットが効率よく知識を共有して仕事をする方法を提案した.知識の有用さを評価して,限られた容量の記憶媒体に有用な知識を埋め込む手法を提案した.シミュレーションにより,環境に知識を蓄え,環境を介して共有した知識を効率よく利用できることを示した.
今後,記憶媒体を考慮した知識の表現,異なる種類のロボットに共通に使える評価基準,環境に埋め込まれた知識の信頼性の評価といった研究が望まれる.