MEGを用いた脳活動計測・可視化手法の検討
西田研究室 田熊 隆史
1.はじめに
近年の生体計測技術の進歩はめざましく,従来測定が困難で誤差も大きかった脳から発生する微弱磁場(脳磁波:Magnetoencephalogram:MEG)の計測精度は年々向上しつつある.しかし,最も良く知られている脳磁波を用いたダイポール推定のアルゴリズムでも十年以上前から研究されており様々な変法が試用されているが,決定的な手法は未だ存在しない.その理由の一つとして,本来脳の活動は空間的な広がりを持った分布で表されるはずであるのに対し,ダイポール推定は数点に電流源を収束させていることがあげられる.一方,我々は脳磁波より空間分解能に劣る脳波を用いて脳表層における脳活動の可視化に取り組んできた.
これを受けて,本研究では脳磁波を用いて,点としてのダイポールを推定するだけでなく空間的な広がりを持った脳活動の可視化を目的とする.また当面の可視化法として脳波向けに開発した有向コヒーレンス法を拡張して出力結果に適用し,同じ条件下で計測された脳磁波と脳波それぞれを可視化して比較検討しその有効性を確かめた.
2.脳磁波とその解析アルゴリズム
脳磁波とは脳から発生する磁場のことである.外部からの刺激を受けて脳内の神経細胞は電流を発生する.このときに発生する磁場を測定,脳の活動部位を磁場の発生源であるダイポールとして解析する.しかしこの磁場は非常に微小で,地磁気等の外部の磁場の影響を大きく受けてしまう.そこで外部の磁場を遮断するシールドをつくり,その中で超伝導を用いた測定機器で微弱な磁場を測定する.今回は大阪大学医学部との共同研究により,医学部の脳磁波計測装置及びデータを借用した.本研究で開発したダイポール推定プログラムは,脳磁波解析プログラムの開発者として著名なDr. Robert Oostenveldが開発した基本的な解析用ルーチン群をもとに,将来の活動源分布密度アルゴリズムの導入を考慮し,また医学部装置の64チャネルに対応して精度を上げられるよう工夫したものである.
推定アルゴリズムとしては,まず測定空間内でダイポールの位置を仮定して,その位置におけるモーメントを計算する.次に位置とモーメントから測定値を逆算する.それを実際の測定値と比較して,一番測定値に近いものを推定位置とするという手順である.
3.有向コヒーレンス法による可視化
可視化手法の一つとして有向コヒーレンス法を導入し,本手法に適用した場合と同じ条件下で計測した脳波を可視化した場合における比較を行う.有向コヒーレンス法では各測定点における情報量の流入出量を計算するため,脳全体での活動領域の分布図(トポグラフィック・マッピング)が作成可能となる.現在の所三次元空間内における伝播状況を計算する事はできないが,脳波と脳磁波の活動の様子を二次元マッピングした結果を見るだけでも,脳磁波の方がより活動源を鮮明に把握できる.
4.まとめ
MEG研究は日本国内でも様々な研究が進められているが,基本的にその解析アルゴリズムは初期に開発された手法がそのまま用いられており,解析結果の有用性や様々な認知現象との関連性についてもまだ未知数なところが多い.しかし,脳の機能的情報を三次元イメージで表示できる技術を開発することにより,空間分解能の高さとあいまって脳磁波解析は脳研究及び神経系疾患の診断にますます重要になると考えられる.今後は,今回最終的に平面マッピングしかできなかった有向コヒーレンス解析の手法を応用した脳磁波の可視化法を改良するとともに,活動源密度解析法について開発を進める必要がある.