自動演奏システムの構築
〜重回帰分析の応用と改良〜
井口研究室 石川 修
1.はじめに
自動演奏システムにおいて,表情豊かなな演奏をさせることは大きな課題である.人
間は楽譜を与えられると,意識的にまたは無意識的に楽譜に記載された情報からある
種の逸脱を行うことで,表現豊かな演奏を行っている.一方コンピュータに楽譜通り
のデータを入力しても,ただ正確な演奏いわゆる無機質な演奏を行うだけである.こ
れは,コンピュータには楽譜と演奏の間にある,人間の行っている音楽解釈の部分が
モデル化されていないからである.
現在,人間の演奏者が音楽解釈の際に見せる複雑なプロセスをいくつかのタスクに分
割した,統合的音楽解釈のコンピュテーショナルモデルが提案されている.そこで本
研究では,従来の研究の中でも有効な重回帰分析を用いた音楽解釈モデルをベースに
,より表情豊かな自動演奏システムの構築を目的とする.
2.重回帰分析
重回帰分析の音楽への適用法として,説明変数には楽譜情報を目的変数には実演奏の
バリュー(テンポ,ベロシティ,アーティキュレーション)を用いる.楽譜情報とは
,楽譜に書かれてある音楽記号(スラー,クレッシェンドなど)や音楽理論に基づい
た音楽構造解析などから得られる情報である.楽譜情報はその存在の有無を"0","1"
で表す.これにより求まる結合係数は,各楽譜情報での各バリューの変化量を表すこ
とになる.例えば,アクセントを説明変数に,ベロシティのバリューを目的変数とし
たときの結合係数が5と算出された場合,「アクセントはベロシティを5上昇させる」
という演奏ルールが求められたことになる.
3.システム概要
本システムにおける音楽解釈モデルは最初に,重回帰分析のためのデータ生成部にお
いて,実際の人間の演奏からバリュー情報を抽出し,楽譜データと組み合わせて行列
データを生成する.次に,得られた行列データを基に重回帰分析を行う.そして演奏
ルール(結合係数)を抽出する.最後に未知曲の楽譜情報の有無を同じように"0","
1"で表し,得られた演奏ルールを適用して,未知曲のベロシティ,テンポが求められ
る.これを各音符に適用することで,表情豊かな自動演奏を行うことができる.
また,従来の工夫に加えグループ別重回帰分析を取り入れた.楽曲グループごとの演
奏ルールを導き出すことで,より音楽の流れを考慮に入れたルール獲得が可能となる.
4.実験結果
上記のシステムを用い,実験を行った.実演奏に忠実な演奏ルールが求まった.また
,他の曲に適用した場合も表情豊かな演奏がなされた.さらに説明変数の重要度比較
実験から,楽譜情報の中でも特に音楽構造解析が重要な要素を占めていることが分か
った.
また,本システムの有効な適用法として,教師例に様々な表現演奏(暗い,明るいな
ど)を蓄積し,生成演奏の評価実験を行った.これにより,様々な表現演奏のルール
抽出に成功した.
5.おわりに
本研究は,重回帰分析を用い,一工夫を施すことで,より忠実な演奏ルールの抽出が
でき,そのルールを適用することで,表情豊かな生成演奏を行わせることに成功した
.さらに,教師曲に様々な演奏表現を蓄積することで,より幅の広い演奏生成の可能
性を示した.音楽構造解析はシステムの重要な要素を占めており,完全な自動演奏シ
ステムの構築ためには,この部分の自動化が今後の課題となる.