離散時間カオスシステムの動的遅延フィードバック制御に関する研究

潮研究室  日野 徹

1.はじめに

カオスアトラクタに埋め込まれた不安定周期軌道をシステムのパラメータ の微少摂動により安定化する問題をカオス制御とよぶ.Pyragasは,現在の 状態と安定化したい周期軌道の周期であるT時刻前の状態との差をもとに, 入力を決定し安定化する遅延フィードバック制御を提案した.この方法では, カオスシステムの不動点近傍での線形化システムのシステム行列が1より大 きい実固有値を奇数個持つとき,その不動点に安定化できない.これは,奇 数条件とよばれ,遅延フィードバックを用いるうえで大きな制約となる. 本報告では,動的コントローラを用いた遅延フィードバック制御の考察を行 い,安定化のための必要十分条件を導き,静的コントローラによって安定化 できない場合でも動的コントローラによって安定化できることを示す.

2.動的遅延フィードバック

n次元カオスシステムについて考える.
このシステムの不動点近傍での線形化システム
x(k+1)=Ax(k)+Bu(k)
において,Pyragasが提案した遅延フィードバックは,
u(k)=K(x(k)-x(k-1))
である.
ここで,次に示す定理が知られている.

定理2.1
静的遅延フィードバックによって不動点近傍での線形化システムが安定化で きるための必要条件は,以下で与えられる.
det(I_n-A)>0

上式を満たすシステムは行列Aが1より大きい実固有値を奇数個持つことを許さ ない.したがって上式を満たさないシステムはPyragasの遅延フィードバックで は安定化できない.

よって,本研究ではn_c次の状態w(k)を持つ動的コントローラ
w(k+1)=A1w(k)+B1(x(k)-x(k-1))
u(k)=C1w(k)+D1(x(k)-x(k-1))
を用いる.
このとき,安定化動的コントローラが存在するための必要十分条件が次のように 得られる.

定理2.2
(A,B)は,可安定であると仮定する.そのとき線形動的遅延フィードバックに より,線形化システムが安定化可能となるための必要十分条件は,(I_n-A)が正 則となることである.
そのとき,フィードバック則の1つは次を係数としてもつ動的コントローラで 与えられる.
A1=(I_n-A)^{-1}BK
B1=-(I_n-A)^{-1}BKA(I_n-A)^{-1}
C1=K
D1=-KA(I_n-A)^{-1}
ここで,KはA+BKが安定となるように決定する.

この制御即は閉ループ系の固有値がすべて零となるデットビートコントローラ を与える.これまでに,奇数条件を回避できる制御法として提案されているオブ ザーバを用いた遅延フィードバック制御を特別な場合として含むことを示す.
これらの方法から得られるコントローラについて,低次元カオスシステムを例 にして,コントローラの設計およびシミュレーションを行った.その結果は不動 点に安定化できることを示している.

3.低次元コントローラの設計

低次元コントローラが存在するための必要十分条件は,2つのLMI条件とランク条 件を満たす2つの正定対称行列が存在することである.2つのLMI条件は凸である が,ランク条件が線形ではないことから,双対LMI問題とよばれる非凸問題とな る.しかし,この非凸問題を比較的容易に解く大域的収束の保証のないアルゴリ ズムとして,反復射影アルゴリズムが存在する.そのアルゴリズムの収束値をも とにParrottの定理を用いると,低次元コントローラの設計が可能である.
例として,2次元カオスシステムに対して,1次元コントローラを設計し,シミュ レーションを行った.その結果は不動点に安定化できることを示している.

4.おわりに

動的遅延フィードバックは静的遅延フィードバックでは安定化できないような システムの安定化を可能とし,そのような安定化コントローラが存在するための 必要十分条件を示した.さらに,LMIにより低次元安定化コントローラの設計法 を示した.これらの結果を数値シミュレーションにおいて確認した.動的遅延 フィードバックは低次元コントローラの設計も可能である.