曖昧な視覚情報に対する認知レベルの検出
加藤 雄一
1. はじめに
人間の感覚器にある刺激が与えられた際に一定の時間間隔で起こる大脳皮質の電位変
化を誘発電位という.中でも刺激の物理的性質とは無関係に被験者の心理状態、つま
りその刺激への関心や評価などにより、誘発された脳波の遅延成分に変化が生じるこ
とが知られており、これを事象関連電位(Event-Related Potential : ERP)とい
う。
たとえば、我々は人の顔を見たとき,知り合いであるかそうでないか一目でわかる
し,雑踏の中にいる特定の個人を見分けることも容易である.ある報告によれば、人
は、千人あまりの顔をごく簡単に見分けることができ、人によっては数千人でも可能
だという。このように大勢の人の中から小人数のグループを選びだし、さらにその中
から特定の人の声を探し出そうとするときや、ある色や形が頭の中にあって、いま見
た色がそれと同じかどうかを頭の中で照合して判断するときなどに事象関連電位は脳
波に表れる。
本研究では、視覚刺激として連続的に変化する曖昧情報に注目し、連続的曖昧情報を
与えることにより生じる視覚誘発事象関連電位を検討することで、曖昧情報に対する
認知レベルの明示化を試みた。
将来的には、漠然とした好みのパターンの検出や、なんとなく似ているもの(似顔
絵など)の検出など、人の主観的判断に頼らなければならないものなどを客観的かつ
定量的に評価するのに有効ではないかと思われる。
2.視覚刺激としての連続的曖昧情報
本研究では文字の情報量を連続的に変化させたものを視覚刺激として用いているが、
そのための連続的曖昧画像作成ツールを作成した。
(1)画像作成方法
ここで、具体的な画像作成方法について述べる。まず、白の背景の上に黒で文字を描
き、これを100%画像とする。次にその上に白い四角を重ね書きする。この作業を繰
り返すことにより、連続画像を作成する。
(2)画像の評価基準
次に画像の評価基準について述べる。まず、あらかじめ100%画像を構成する黒いピ
クセルの数を数えておく。次に、連続画像におけるある時点をX%画像とする。ここ
で、このXの決めるにあたって、X%画像における黒いピクセルの数を数える。そし
て、100%画像に対する割合をもってXを表わす。
3.実験
実験1(基礎実験):ABCDEFそれぞれの100%画像について、Target刺激
を“D”、それ以外の文字をNon-Targetとしてランダム提示を行った。
実験2(X%画像のランダム提示):ABCDEFの6文字のX%画像について、
Target刺激を“D”、それ以外の文字をNon-Targetとしてランダム提示を行った。
(X=10、20、…100)
実験3(連続提示):文字“D”について0%から100%までの画像を連続的に提
示した。被験者には何%のところで“D”と認識できるかに注目してもらった。
4.結果
連続提示実験における反応波形に大きな特徴は見られなかったが、ランダム提示実験
においてはTarget刺激に対してのみ潜時700ms付近に大きな陰性の視覚誘発電位が
見られた。これは、Non-Target刺激に対しては見られなかった。この陰性電位は10
%画像から30%画像までの刺激に対する反応波形にはTarget刺激、Non-Target刺激
ともに見られず、40%画像ではじめてTarget刺激にのみ大きく表れている。また、
それ以降の画像にもTarget刺激に対してのみ表れている。
また、潜時300ms付近に陽性の視覚誘発電位が現れており、これはTarget刺激、
Non-Target刺激ともにすべての画像提示に対して見られた。さらに、この陽性電位は
10%〜40%の画像提示に対しては頂点潜時、振幅ともに、Target刺激とNon-Target刺
激の間に違いはなかったが、50%画像提示においてTarget刺激の振幅がNon-Target刺
激に比べて大きく現れた。この振幅における違いは、50%以降すべての画像提示にお
いて見られた。
5.まとめ
この実験結果は、被験者の「40,50%あたりから判別できた」という所見と一致
しており、これより、潜時700ms付近に見られた陰性の視覚誘発電位と潜時300ms付近
に見られた陽性の視覚誘発電位に注目することで、曖昧情報に対する認知レベルを明
示化できるのではないかと考えられる。
そこで今後の課題として、今回確認された2つの事象について、再現性の確認を行う
ことが上げられ、また、それぞれの事象について詳細な実験、検討を行う必要もある
だろう。